介護社会に思う

介護社会に思う

世界でも類を見ない勢いで進むのが少子高齢化っす。そこでクローズアップされるのが介護問題ね。
医学が変に発達しちゃってるので、立てない、歩けない、食事もできないという状態でも生存できる社会システム。本人は、混乱状態で正常な判断が出来なくなっちゃってるし、年齢とともに認知症が確実の発生する。
オイラも長男ってことで、おふくろの時とオヤジの時に、長期間ではないものの介護という経験をして、ぐるり中を巻き込み、誰も幸せでないこの構造は心底問題があるなーって体感したもんだよ。
おふくろの場合は本が読めなくなった時点で、オヤジの場合は好きなものを食べられなくなった時点で、本人の声として「早くお迎えが来ないかなー」って切実だった。希望がなくなって単に時間が過ぎてゆくのを追うって苦しいものだよ。
おまけに身体的疼痛が激しくなると、周りから見ていても気の毒になるもの。オイラも海に行けなくなったら、茫然となると思うなぁ。まだ文化的側面で生きられるとは思うけれど・・・どーかなー
歯科に通ってくるクライアントの中にも、「親御さんの介護のためしばらく通院できそうにありません」という話は頻繁にあるよ。生産層が生産できなければ、介護は風前の灯でしょう。この方向性って国家とどうなの?って思う今日この頃・・・・

「介護社会に思う」へのコメント

わかります 医学が 何のためにあるのかって
 切実に思う

長生きはまた それはそれで問題になる
 難しさが露呈する

「早くお迎えが来ないかなー」って切実  2年前に亡くなった母の言葉でした

年齢とともに認知症が確実の発生→ここなんですよねー

介護経験5年半、壮絶でした 認知症を伴った時点でニッチモサッチモいかなかった

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カテゴリー:院長ブログ  投稿日:2026年4月21日

         

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