バッジの魅力

バッジの魅力

去年の暮れくらいから凝っているのが、バッジね、基本ネックレスが好きで日替わりで変えていたんだけれど、

ちょいと趣向を変えて、診療中は日替わりでバッジにしているんどす。

ほとんどが所ジョージさんの世田谷ベースのものなんだけれどUFOやロードランナー系もあるよ(まあこれも所さん関係って言えばそれまでxxx)

まあね、人は「終わり(死)」に向かう存在な訳よ。

その覚悟で人は本来のあり方になるってね。

バッジをつけると不思議と哲学的な思考がよぎるオイラでやんす。

人間はたとえばナイフが「切るもの」と定義されるのとは違って、何者でもないじゃない。

それこそ何ものかであるように自分をつくっていかなければならない存在(実存)なんだね。

サルトルは、人間は自分で自分をつくる「自由」な存在だと考えたんだ。

ただあるものではなくて、望む形に自分をしていかなくっちゃならないんだ。

それはまるで「自由の刑に処せられている」ようなものと言っているよ。

ハイデガは

死」を現在に引き寄せることで(先駆けて覚悟する)ことで「ヒト」は本来性を取り戻し、

自分の過去のあり方や、未来の姿がかけがえのないものとして明らかにされると考えているのだす。

「バッジの魅力」へのコメント

ハイデガーは「死」を現在に引き寄せることで(先駆けて覚悟する)ことで「ヒト」は本来性を取り戻し、
自分の過去のあり方や、未来の姿がかけがえのないものとして明らかにされると考えている。

哲学的

何ものかであるように自分をつくっていかなければならない存在(実存)

そうですね

人は「終わり(死)」に向かう存在な訳よ。
その覚悟で人は本来のあり方になるってね。

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カテゴリー:院長ブログ  投稿日:2023年2月25日

         

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